2009年01月29日

釣り師

ミクシィを巡回していた時、ハンパなく鬼畜(ネットスラングを使えばDQN厨房)な人を見つけた。
ミクシィニュースへのコメントを乱発しているのだけれど、
書く事が幼児的全能感の塊というか、てってい的に鬼畜発言に徹している。

例えば、
よく自殺した!!! お前のような弱い人間は生きてても無駄!!!
とか
バカで貧乏な母子家庭で育ったガキってのはこんな風にクズに成長しちゃうんだなぁ♪
とか。

ここまで鬼畜に徹して一体何が目的なのだろうと逆に興味を覚えたので、
マイミクになってもらって暫く観察する事にした。

その彼とは。
バロン: http://mixi.jp/show_friend.pl?id=21788687
(更新される度にトップに出てくるのがウザかったので、マイミクはずしたけど)

暫く見ていて思った事は、
彼の目的は、自分の考えや思った事を発信したりして生産的な関係を構築する事ではなく、
単に、人に注目され、かまってもらう事。

我の強い奏楽者や暴走族が音をバンバカ鳴らす事によって
「みんな見て、アタシを見てぇ〜!」
「かまって、かまってぇ〜!」
と訴えるような、アレです。
人々を攪乱して右往左往するのを見て喜んでいるのだ。

彼の場合、人と有益な関係を築く術を知らないから、
わざと嫌われそうな書き込みを公の掲示板で書く事によって(燃料投下)、彼へのコメント件数増加(祭り)を狙い、ある意味盛り上がっているのを見て、歪んだ自己示現欲を満たす、という図式。
このように、相手が引っかかってくれることを期待し、相手の怒りや失敗を誘導する書き込みのことを(釣り)と呼ぶ。
※カッコ内はインターネットスラング

私もマイミクになって観察している、というアクションをした時点で、見事釣られちゃったわけです。

ちなみに私は土曜またルアー釣りに行きます。
狙うは50cm以上の大物。
天気が守られるといいなあ。
posted by リチャード at 14:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 時事論考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご無沙汰しています リチャードさん。
ブログでお世話になっている フロリダのつーとんです。
日本から最近またフロリダに帰ってきた、今回もまた日本の良さを体験しつつ、日本人が人の命に対する感覚が鈍ってきていることをたくさん実感しました。
たとえば 飛び込み自殺。
周りの反応は、、、、”あっまた?どうせ死ぬなら人に迷惑かけない方法で死んで欲しいよね。” 自殺はもう日常茶飯事で特別なこととしても捕らえられない。 また私は病院で勤めていましたが、ある日夜勤をしていて怪我をして路上に倒れこんでいた人が 外人につれられて病院へ連れてこられました。それに対し、スタッフの反応は、、、”外人だから病院つれてきたんだよな。日本人だったらつれてこないよな。まあつれてきてくれるのはいいけど、最後まで面倒みれないんだから余計なことしないで欲しいよな。”何かまちがっているこの反応。実際問題、愛をもって義の戒めをならう機会が低下しているのも原因じゃないかなって。そろそろ日本も、ただモラルを教養するだけでは、人は矯正されないことを学びたいですね。神の愛をうけているがゆえに、感謝をこめて義なる行動を返していく。そういう世の中にかえられていきたいですね!リチャードさんの上にさらなる祝福があたえられますように!
Posted by tsu-ton at 2009年01月29日 22:34
tsu-tonさん、ご無沙汰です。
日本人はとか外人は、とかいう違いは既になく、世の全体が人の心が冷めて愛が冷えてきている時代に突入した感がありますね。
同僚も職場全体も、良心の抗体が出来ていて(というよりある意味良心に鈍感じゃなきゃ正気でいられない)様相を呈してます。
このような時代は必ず来ると主はあらかじめ警告されていて、黙示録の言葉どおり、私たちはますます聖なる者としてある事が求められているんでしょうね。

黙示録22:11
不正を行なう者はますます不正を行ない、汚れた者はますます汚れを行ないなさい。正しい者はいよいよ正しいことを行ない、聖徒はいよいよ聖なるものとされなさい。
Posted by リチャード at 2009年01月29日 23:00
もちろん。アメリカはアメリカでまた違う問題をたくさん抱えています。
でも、神様から日本人として生まれ育てられ、日本に重荷を思っているからこそ、”目覚まそうよ、日本人!私たちはもうすでに、環境的に、物質的に本当に祝福されている国民なんだ”ということを覚えます。
それぞれの国で抱える課題は様々ですが、リチャードさんがおっしゃるように、良心に鈍感でいないとやっていられない社会におかれている私たちに 神様が哀れみを与えてくださり、主の救いが故に義を主張できる強さをもっていく必要があるのではないかと思います。簡単ではないけれど、クリスチャンとして日本社会に主の勝利を促していけるように主に求めたいですね!!アーメン!!
Posted by tsu-ton at 2009年01月30日 06:49
心が踏み固められてしまったかのようなこの地において、私たちの身体的精神的強さ、知識や知恵では、日本社会どころか隣の人、肉親さえ救いに導く事もできないですけれど、
主ご自身が働かれるなら、信じられないようなミラクルもカンタンに起きますね。
大切なのは、主に留まり、彼の静かな声に従いつつ歩み続ける事だと最近気付かされています。
→ http://aohiko.seesaa.net/article/111069974.html
Posted by リチャード at 2009年01月30日 16:21
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